カメラの充電池を持参し忘れてしまいまして、持っていた分はここで電池切れしてしまいました。
プリア・カンからは、携帯カメラでの撮影です。(あんまり変わらない?)
「プリア・カン Preah Khan」は聖なる剣という意味。この遺跡は戦いに勝ったことを記念して1191年に設立された、 王の父の菩提寺です。
これはプリアカン遺跡の東側の周壁に描かれた「ガルーダ」神。足下にナーガを踏みつけながら力強く立っている。
ここ↓は遺跡の近くにあった池。牛が草を食みほのぼのした風景。
小さな子供達が遊んでいたが、池から出て来た子供の足に 蛭(ヒル)がついていた。
日本なら大騒ぎしそうだけど、みんなそのまま遊んでた。
カンボジアの伝統的な楽器を使って音楽を演奏していた↓。
CDを販売していたので、1枚買ってみた。短調な笛と打楽器の音色 が変性意識へと誘う音響。リラックス音楽ですね。
この後、「ニャックポアン」「東メボン」「プレループ」の遺跡もざっと見学に行きましたが、ついに携帯電話まで充電が無くなってしまい、残念ながら 写真を撮る事ができませんでした。
多くの遺跡が最初仏教寺院として建てられ、後からヒンドゥー教寺院に改宗されているため、ヒンドゥー教指導者によって仏陀の銅像の顔が削りとられていたり、首から上が無かったりします。
遺跡の中で、首の無い仏陀像にしがみついていたちっちゃいお婆ちゃんの尼さんに出逢いました。
噛みタバコを咬みながら占いをしています。 その尼さんとしばらくお話ししました。
噛みタバコもくれたので せっかくだから咬んでみました。苦いっ。
日常的に咬んでると歯が真っ黒になり、やがて抜けてしまうんですって。だからこの尼さんには歯が一本もありませんでした。
私の左腕に願い事が叶う様に祈祷しながら黄色いヒモを結わえつけ、 ブレッシングしてくださいました。
午後からそろそろワタシ自身も充電切れになってきました。
なので、義理の妹をエステに迎えに行ってから、ガイドさんと3人で涼しいモールの中のカフェでお茶&おしゃべりタイム。
モールの中のカフェには、ノートパソコンを持参していた学生らしき若者が沢山いました。
こちらは↓カンボジアの伝統舞踊の踊りでつかう「ハンドモード」。それぞれが意味のある形、美しい形です。おみやげにget。
今回、宿泊したホテルには日本人スタッフが1名いました。ホテルに勤務していた日本人の若い女性に「なぜカンボジアに 来ようと思ったの?」と質問してみました。
「一回、旅行で来てからハマりました。住んでみてもっと好きに なりました。」との答え。
私は住むのは無理だと思うけど、彼女の気持はよく分かります。自然がいっぱいで、人々が温和で自然体なので居心地が良いのです。
それから、イイ匂いがします。なんと表現したらいいのか、その国の匂いってありますよね?
カンボジアは湿った葉っぱみたいな薄いハーブのような香りが するんですよね。
訪れる前に持っていたカンボジアのイメージは、地雷とかが落ちて たりして治安が悪くて怖いかもしれない...なんて想像してたけど、 ぜんぜん違っていました。
実際に見て体験して感じてみることは、とても良いことですね。
ただ、一つだけ腑に落ちない事が。
遺跡見学をするには結構な額を支払います。この収入はある企業が管理していて、収益の50%はその企業の収入になるのです。あとの50%は国のもの。
遺跡の収益だけでなく、その他のほとんどのビジネス形態において、特定のところ(一族)だけが儲かる仕組みになっているのです。
ここで詳しく説明するのは難しいけれど、現地の方から話しを聞いていて 「そんなんじゃ、どんなにがんばったって個人が豊かになり成功 できる可能性がないじゃない!」と思わず声が大きくなってしまいました。
すべては管理され支配されている。
そんな中で、いくら外国人が「カンボジアの子供達に教育を受け させてあげたい」とか「カンボジアを支援したい」という心温かな 手を差し伸べても、そういった国のシステムが変わらない限りは、永遠に自立ができないという事になる。
支配者に洗脳され支配され続けていることに目覚め、自力で現状を変えてゆく知恵を与えてあげるのが、一番の支援 のような気がしてならなかった。
この記事でカンボジアの旅日誌はおしまいです。
ご覧いただきありがとうございました。